千葉地方裁判所 昭和56年(ワ)1412号 判決 1985年1月29日
原告
瀬尾範夫
被告
橘康三
ほか一名
主文
一 被告橘康三は、原告に対し金三一万二八〇〇円及びこれに対する昭和五六年二月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告押川美枝に対する請求及び被告橘康三に対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
四 この判決は、一項に限り仮にこれを執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告らは各自原告に対し金二九〇三万六五八一円及びこれに対する昭和五六年二月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決及び仮執行宣言
二 被告ら
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (事故の発生)
被告西谷こと橘康三(以下「被告橘」という)は、昭和五六年二月二日午前一時ごろ、訴外押川政司(以下「訴外政司」という)所有の普通乗用自動車足立五七せ四五七号(以下「本件車両」という)を運転中、市川市市川南一丁目二番二四号先の信号機の設置されている交差点を左折した際、左折しきれず歩道に接触し、ハンドルをとられ、右交差点角にある原告の経営する靴小売店「シユーシヨツプ・エルダ」(以下「本件店舗」という)内に突入した(以下、この事故を「本件事故」という)。
2 (被告らの責任)
(一) 被告橘は、本件事故当時、降雪のため路面が凍結してスリツプしやすい状態であつたのに、制限速度をはるかに超える高速で急激に左折したため、左折しきれず歩道に接触し、ハンドルをとられ、本件事故に至つたものであり、右運転には過失があり、同被告は本件事故により原告の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。
(二) 被告押川美枝(以下「被告押川」という)は、訴外政司の実母であり、同人が当時アメリカに滞在していたため、この間本件車両を自らの用に供していたものであるが、昭和五六年一月ごろ、当時二二歳の訴外猪俣哲雄(以下「猪俣」という)に対し、本件車両に付けた自動車損害保険には運転者二六歳未満不担保の特約があることを知りながら、本件車両を貸与したものであつて、その結果本件事故により発生した原告の損害を拡大したものであるから、同被告は後記の損害を賠償すべき責任を負う。
3 (損害)
(一) 破損による現実の損害
(1) 内装費 六七四万一五九〇円
原告は本件店舗の内装費として次のとおり合計金六七四万一五九〇円を支払つたが、本件事故により右内装はすべて損壊され、原告は右金額の損害を被つた。
(ア) 原告は、本件店舗の前賃借人訴外山口俊雄(以下「訴外山口」という)より、本件店舗の内装全部を代金三五〇万円で買い取り、右代金を昭和五五年八月八日支払つた。
(イ) また原告は、訴外株式会社東京宣美(以下「東京宣美」という)に依頼して、本件店舗の内装を改造し、その費用として合計二九一万二三九〇円を支払つた。
(ウ) 更に原告は、温風ヒーター、石油ストーブ、レジスターを含む什器備品等を購入し、合計三二万九二〇〇円を支払つた。
(2) 在庫商品 四九六万四九九一円
(ア) 原告は、開店後五か月余の時点で本件事故に遭遇したもので、棚卸しをしていないため、事故時点での詳細な在庫内容は明らかではない。
(イ) しかし、昭和五五年九月から昭和五六年二月一日までの原告のなした商品仕入れは合計一一四六万二二八三円であるところ、この期間内に原告が販売した商品の代金合計は一〇八二万八八二〇円であり、原告における仕入原価は販売価格の六〇パーセントであつたから、販売した商品に対する仕入れ原価は六四九万七二九二円と見積ることができ、前記の仕入れ総額からこの分を差し引くと在庫商品は仕入れ原価で四九六万四九九一円と推定できる。
(ウ) そして本件事故により本件店舗内の在庫商品は、シヨーケースのガラス片による損傷等の形ですべて商品価値を失つた。
なお、原告の売つていた商品は靴であり、しかもそのかなりの部分は婦人靴であるから、微少な傷であつても商品価値は失われるし、ガラスの細片が残つていれば使用者に傷害を与える危険があるから、一見して傷のないものであつても商品価値を失つたといわざるを得ない。
(二) 営業継続不能による損害
(1) 前記のとおり本件店舗は全損したため、原告はその内装の補修について東京宣美に問い合わせたところ、前回と同じ程度の費用がかかる旨の回答を受けた。
これに加えて新たに商品の仕入れをするにはかなりの現金が必要であるところ、原告は開店の際に既に国民金融公庫より五〇〇万円を借り入れ済みであつて他からの借り入れの見込みもなかつたため、原告はやむなく本件店舗での営業再開を断念したものである。
このように営業継続が不可能になつたことによる後記の損害は、本件事故と直接の因果関係を有するものとして被告らが賠償すべきものである。
(2) 営業権買取費用 三五〇万円
原告は、昭和五五年九月二六日、訴外山口より、本件店舗の営業権を金三五〇万円で買取り、これに先立つ同年八月八日右金員の支払いをなした。
右支出は長期にわたつて営業可能であることを予定した投資であるところ、前記のとおり営業継続不能のため、原告は本件店舗の賃貸借契約を解除して、明渡さざるを得なくなつたものであるから、右買取費用全額が損害となる。
(3) 閉店後の本件店舗の賃料 三〇万円
原告は、本件事故後も昭和五六年二月から四月分の賃料三〇万円を賃貸人である訴外有限会社東政(以下「訴外東政」という)に対して支払つたが、これは営業継続不能のため店舗の跡片付けとその他の残務整理をするためのものであつて、すべて被告らが賠償すべきものである。
(4) 逸失利益 一三五三万円
(ア) 原告は、昭和五五年九月二六日から一二月末までの実質三か月間に合計九三九万〇三三〇円の売り上げを上げたが、これを基礎として一年の売り上げを計算すれば右の四倍の三七六〇万円を下まわらぬ額が可能であつた。
(イ) そして前記のとおり、原告における粗利益は右の四〇パーセントであり、前記の昭和五八年九月二六日から一二月末までの売上金に対する従業員の給料・借入金の利息等の経費の割合は合計して二八パーセントであるから、税引前利益率は一二パーセントとなる。
(ウ) 前記売上高三七六〇万円に右利益率を乗じると一年の利益四五一万円を推計することができ、本件店舗の賃貸借契約は、当初の契約期間が三年間と定められていたから、少なくとも原告は三年分合計一三五三万円の利益を失つたものである。
(三) 以上の損害額の合計は二九〇三万六五八一円となる。
4 よつて原告は被告らに対し本件事故に基づく損害賠償として各自金二九〇三万六五八一円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五六年二月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1の事実を認める。
2(一) 同2(一)の事実中、左折が不適当であつたこと及び路面が凍結していたことを認め、その余を否認する。
被告橘は、本件車両を運転し、本件事故現場近くの交差点で赤信号で停車しかかつたところ、信号が青に変つたので加速しながら左折したところ、路面が凍結していたためスリツプして電柱に接触し、更に九〇度回転して本件店舗内に進入したものである。
(二) 同2(二)の事実中、被告押川が猪俣に本件車両を貸したことを否認し、その余の主張を争う。
猪俣に本件車両を貸したのは訴外政司であり、また保険会社との間で任意保険を締結するか否か及びその契約にどのような特約を付すかは被告押川の自由であり、仮に同被告が猪俣に本件車両を貸し、その車には運転者二六歳未満不担保の特約付きの保険しか付いていないとしても、そのことは何ら違法ではない。
3(一)(1) 同3(一)(1)の事実を否認する。
本件事故により本件店舗で破損したのは、造作としてはガラスデイスプレイ、ガラス棚、壁の一部等であり、什器備品としては棚、ワゴン、温風ヒーターのみであつて、その余の内装什器には損害は生じていないし、破損した備品中には温風ヒーター等の修理を行なうことが容易に可能なものも含まれているから、これらをまとめて全損とする原告の請求は明らかに失当である。
また原告は訴外山口に対して本件店舗の営業権買取費用として三五〇万円を支出したほかに更に内装費として三五〇万円の合計七〇〇万円を支払つた旨主張するがそのような証拠はなく、仮に右支払いがなされたとしても、東京宣美による本件店舗の全面的改装により、旧内装は廃棄されたとみられるから、右の三五〇万円を破損した内装の内訳として算入することはできない。
(2) 同3(一)(2)の事実を否認する。
(ア) 仕入原価を販売価格の六割と一率に計算しうるかについてはかなり疑問で、原告の主張する在庫額の計算には合理性がない。
(イ) また店舗内の商品中には、本件事故で直接破損しなかつたものもかなり存し、更に倉庫部分に保管されていた商品は当然何ら損傷しておらず商品価値に影響はないのに、これらについて何ら除外していないとの点でも、原告の主張は不当である。
(二)(1) 同3(二)(1)の主張を争う。
(ア) 前記のとおり、本件店舗の内装、備品の損壊は一部であり、原告は開業前に本件店舗を全面改装したというのであるがそれに要したのは一七日間であつたから、修理及び一部備品の買替えをして、本件店舗を再開するについて物理的に必要なのは右の一七日以下と考えられる。
(イ) 更に経済的にみても、原告は訴外興亜火災海上保険株式会社(以下「興亜火災」という)から、昭和五六年二月二〇日、保険金として七〇八万四〇四五円の支払いを受けており、この保険金を引当に、事故後すみやかに店舗の改装、什器備品、商品等の買替えをすれば、短期間の内に営業を再開することが可能だつたはずである。
(ウ) 以上のとおり、原告の営業継続は物理的にも経済的にも可能であつたにもかかわらず原告が営業を廃止したのは次の理由により、原告が営業再開の意志を欠いたためと考えられる。
すなわち本件店舗は、国鉄市川駅南口商店街近くにあるが、市川駅周辺は北口が商業の中心地であり、南口商店街は人通りがさほど大きくなく、更に本件店舗は市川駅南口前付近のマンシヨンの裏通りに位置するため人通りがより少なく、店舗としてはきわめて不向きであり、訴外山口の経営困難もそれに起因し、原告の経営も本件事故以前から思わしくなかつたものと推認される。
したがつて、営業廃止と本件事故との間に因果関係はない。
(2) 同3(二)(2)の事実を否認する。
原告が、金三五〇万円を営業権買取代金として訴外山口に支払つたことの明確な証拠はなく、原告が支払つたのは、訴外山口の未払賃料等を訴外東政に立替え払いしたもののみと考えられ、原告は訴外山口の賃借人たる地位を継承したから、訴外東政に対する保証金二〇〇万円の返還請求権(返還請求可能なのは一四〇万円以上と考えられる)をも承継したことになり、仮に営業継続不能が本件事故と因果関係があるとしても、損害額は右三五〇万円から右の返還を受け得る一五〇万円ないし二〇〇万円を控除すべきである。
(3) 同3(二)(3)の主張を争う。賃料中、本件事故と因果関係ある損害は、前記の店舗再開までに要する一七日間についてのものに限られるべきである。
(4) 同3(二)(4)について争う。
(ア) 商店の売り上げは、一般的に一二月に多く、二月及び八月に落ちるのは公知の事実であるから、九月末から一二月までの三か月分を四倍して一年の売り上げを算出するのは相当でなく、一二月分を除いた一〇月及び一一月分の売り上げを基礎として年間売り上げを計算すべきであり、これによれば二七四六万三八〇〇〇円が年間売り上げ推計額となる。
(イ) 右金額につき、原告の主張する粗利益率四〇パーセントを乗じれば、一〇九八万五五二〇円となるところ、原告の経費の殆どは売り上げと比例しない固定費用であるから、昭和五五年九月二六日より同年一二月三一日まで九七日分の二六八万七一四八円を年換算すれば一〇一一万一四三三円となるから、年間の利益は八七万四〇八七円となる。
三 抗弁
1 原告は興亜火災より、本件事故に対する保険金として金七〇八万四〇四五円の支払いを受けたから、右の限度で原告の被告らに対する損害賠償請求権は消滅した。
2 また被告橘は、原告に対し、本件事故による損害の賠償として合計金九万円を支払つた。
第三証拠
証拠関係については、訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 請求原因1の事実(本件事故の発生)については当事者間に争いがない。
二1 被告橘の責任について
被告橘の左折方法が不適切なため本件事故が発生したことについて当事者間には争いがなく、事故の態様については争いがあるけれども、このことは同被告の本件事故に基づく損害賠償責任の存在自体を左右するものではない。
2 被告押川の責任について
(一) 被告押川の本人尋問の結果(以下「押川供述」という)及び証人猪俣哲雄の証言(以下「猪俣証言」という)によれば、被告押川は車を貸してくれとの猪俣の希望を訴外政司に取りつぎ、国際電話を通じての訴外政司の同意に基づき本件事故の一〇日以上前に猪俣に本件車両を引渡したものであることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
なお、原告は本件車両について締結されていた自動車損害保険が訴外政司がアメリカに渡つた後に締結されたもので、しかも主な担保種目について運転者年齢二六歳未満不担保の特約がなされていたことを根拠に、押川供述及び猪俣証言を争うが、右の事実は訴外政司が留守中被告押川において本件車両を運転することがあつたことを示すものにすぎず、このことは同被告が自認するところであり、これをもつて押川供述及び猪俣証言の信憑性自体は殆ど動かされないから、結局前記認定を左右するに足らないというべきである。
(二) そうすると、被告押川は訴外政司の指示により、本件車両を猪俣に引き渡したにすぎず、しかも前記のとおりそれは本件事故よりかなり前であつて、猪俣なり猪俣から車を借りた他の者が事故を引き起すことが当時予見できたわけでないことが明らかであるところ、いわゆる自賠責保険以外の自動車保険は、これを付することが運転者として望ましいとはいえ、付すか付さないかはあくまで任意であり、任意保険に加入しないまま運転することも何ら違法ではないのであるから、猪俣が運転した場合は担保されない内容の保険契約しかついていない状態で本件車両を引渡したことが不法行為となるいわれがないことは明白である。
(三) よつて、その余につき検討するまでもなく、原告の被告押川に対する請求は理由がない。
三 そこで損害の点について検討する。
1 現実の破損による損害について
(一) 抗弁事実中、原告が興亜火災から本件事故に関する保険金として昭和五六年二月二〇日金七〇八万四〇四五円の支払いを受けたとの点については、原告は明らかに争わないから、右事実を自白したものとみなす。
そして右争いのない事実に加えて成立に争いのない乙第一号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証によれば、次の事実が認められる。
(1) 原告は、本件店舗に、昭和五五年一二月一九日、店舗総合保険として保険金額を造作一式五〇〇万円、営業用什器備品一式一〇〇万円、商品一式六〇〇万円の合計一二〇〇万円とする保険をかけた。
(2) 本件事故による損害について、昭和五六年二月一七日ごろ、日本損害保険協会の登録火災損害鑑定人が鑑定し、次のような判定をした。
造作一式については、一平方メートルあたり一一万三〇〇〇円として総面積に乗じる方法により保険価額を付けてある保険金額と同額の五〇〇万円と認定し、破損したガラスデイスプレイ、ガラス棚、ガラスをかぶつたカーペツト、床リノリウムの価額及び一部破損した壁クロスの補修清掃等を合計して損害内容を一四〇万一〇〇〇円(約二八パーセント)と判定した。
営業用什器備品については、一括計上の方法により保険価額を付けられた保険金額(一〇〇万円)と同額に見積つたうえ、破損した木製及び金属製棚、小棚、ワゴンの価額及び温風ヒーター修理代金として、五六万三七五〇円と判定した。
商品については、店舗内にある品物の集計として同様に保険価額を保険金額(六〇〇万円)と同額に見積つたうえ、破損又は傷損による損害として紳士靴二〇〇万円、婦人靴一六〇万円、スポーツシユーズ三〇万円、サンダル一〇万円と評価した。右の合計は四〇〇万円(保険金額の六七パーセント)となる。
(3) 右鑑定を受けて、同月二〇日興亜火災が原告に対して、損害保険金五九六万四七五〇円、臨時費用保険金一〇〇万円及び残存物取片付費用保険金として一一万九二九五円の合計金七〇八万四〇四五円を支払つた。
(二) ところで損害保険に基づき、保険会社から被保険者に対して給付される保険金は既に払い込んだ保険料の対価であつて損益相殺として控除されるべき利益にはあたらないが、商法六六二条の規定により、保険会社はその支払つた金額の限度において、被保険者が有する損害賠償請求権を取得する結果、この限度で被保険者は加害者に対する損害賠償請求権を失うこととなる(最高裁昭和五〇年一月三一日民集二九巻一号六八頁参照)わけであるから、原告が被告橘に対して請求しうるのは、保険金によつてカバーされなかつた損害に限られることになる。
そして原告が現実に破損したとして、その損害賠償を求める内装費、在庫商品はいずれも前記保険の対象となつているものであるから、現実の損害額が支払いを受けた保険金額を上まわつた場合についてのみ、被告橘に対してその賠償を請求しうることとなる。
(三) 原告は、損害額につき取得原価を基礎とする推定で算出しているが、本件事故の場合は、火災による全焼や水害による家屋流出などのように、損害を受けた物が既に失われた場合と異なり、損害の発生後現物にあたつて直接具体的な損害内容を調査することができた場合であるのにこれをせず、正確性に疑問のある推計に基づいて前記のとおり現実に調査した結果認定された前記鑑定額(これについては原告も調査時に自己の意見を反映することがある程度可能であつたものと推認される)を上まわる損害があると主張するのは、損害の公正な負担の見地からいつても相当とは考えられない。
ことに、原告の主張する損害の基礎中、訴外山口から買つたという内装は、原告本人尋問の結果(以下「原告供述」という)によつても、その後原告の実施した改造によりかなりの部分が取り除かれたことが明らかであり、これがそのまま本件事故時まで残存したとするのは事実に反する。また在庫商品についても、商品仕入れ額は領収書等により原告の主張する金額に近い額を認められるものの、これに対する売り上げの方は、日付ごとに金額のみが記載された帳簿があるだけで、もとになる売り上げ伝票等があるわけでもないから、これによつて売上金額を認定すること自体躊躇されるところであるが、その売上額からこれに対する仕入原価を算出するのに、原告供述にあるだけで何ら客観的裏付けのない仕入原価率六〇パーセントを乗じるのは、いささか恣意的計算にすぎるというべきであり、これに加えて証人長田豊光の証言によつても少なくとも一割以上の商品は履けるものとして問屋に返品したと認められるにもかかわらずこの控除をしていないなど、原告の計算は疑問な点が余りにも多すぎるといえる。
結局、本件全証拠によるも、本件事故での現実の破損による原告の損害が、前記の支払済保険金額を上まわると認めるに足らず、これについての賠償請求は失当である。
2 営業継続不能による損害について
(一) 原告は、本件事故により本件店舗での営業継続が不可能になつたとして、それに基づく各種の損害賠償請求をするが、店舗に車両が飛び込んだとしても、それによつて建物が滅失したというような場合はともかく、建物が存在するならば、事故による修理期間中は別としてその後も営業ができなくなる理由はないから、営業継続不能による損害は通常生ずべき損害とはいえないし、具体的にも原告の営業が将来にわたつて不能であつたと認めるに足らない。
すなわち前記の鑑定結果によれば本件店舗の内装は全損したわけではなく、什器備品についても同様であり、原告供述によれば開業前に東京宣美によつて全面改装をするのに要した期間は一七日間程度であつたというのであるから破損部分の修理、備品の買い換えも右の期間以内で足りると解され、保険金の支払いが、事故から一八日後であつたことを考慮しても、新たな商品を仕入れるのに必要な日数を含めて一か月間で、本件店舗の営業再開は可能であつたと考えられ、経済的にも、前記のとおり、昭和五六年二月二〇日に保険金七〇〇万円余が支払われており、前記の損傷の程度を考慮すれば、造作、什器等の買い換え、修理は十分可能であつたと考えられ、更に商品仕入れにもある程度まわすことができたと認められるところ、原告供述によれば商品の仕入れについては常に現金と引換えでなければならないわけではなく、原則として二〇日締切りの翌月一〇日払いであるし、商品の売れ具合によつては全額支払わずに翌月以降に支払いを延ばすことも可能というのであるから、商品仕入れも前記の期間で足りない理由はない。右各認定に反する原告供述は措信しない。
(二) そうすると営業ができなかつたことによる損害については、一か月の休業の限度で理由があり、それ以降の営業不能に基づく部分は理由がないといわざるを得ない。
(1) したがつて営業権買取費用は、損害にあたらない。
(2) また、本件店舗の賃料については、右の休業が必要であつた一か月分の限度で損害と認められ、原本の存在及び成立に争いのない甲第四一号証によれば、右金額は一〇万円と認められる。
(3) 逸失利益については、原告の主張する算定方法は、その基礎とする売上高の正確性及び仕入原価率の根拠にいずれも疑問があるから採用し難いし、他にも明確に一か月間の収益を算定しうる証拠がない。
そこで逸失利益については、昭和五六年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、年齢計の男子平均給与額によることとする。これによれば一〇〇円未満四捨五入により一か月分で三〇万二八〇〇円となる。
(三) 以上の損害額の合計は四〇万二八〇〇円となる。
3 被告橘が原告に対して損害賠償の一部として合計金九万円を支払つたことは、原告は明らかに争わないものと認められる。これを右損害額から差し引くと残額は三一万二八〇〇円となる。
なお、被告らは、前記の興亜火災からの保険金の支払いをもつて、右の休業損害等についての損害賠償請求権も消滅したと主張するが、前記の保険契約の内容からいつて右主張は失当である。
四 したがつて原告の請求は被告橘に対して損害金残額三一万二八〇〇円とこれに対する本件事故の翌日である昭和五六年二月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、被告橘に対するその余の請求及び被告押川に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については認容額が請求額のうち僅少部分にすぎないことを考慮し、民訴法八九条、九二条但書を適用し、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 富川照雄)